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                  まるっきり雑感
                                    佐々木貴徳
  ピッケルとアイスハンマーを打ち込み、アイゼンの前爪を一歩ずつ蹴り込む。傾斜は60度近く なってきた。ふくらはぎの張り具合も心配だ。落ちれば、1,000m近い高度差をまっさかさま。今 考えると、手は汗ばみ思わず動悸も高まってくるが、不思議とその時は落ちついていた。いや、 高度障害で頭がぼけていただけかもしれないが、一歩一歩確実に攀じる事だけに熱中していて、 不安とか恐怖とかいったものは、どこかに置き忘れていたようだ。しかし、さすがに氷壁を登り 終えるとどっと疲れが出てしまい、下る時には非常に恐ろしかった。

 思えば、僕はこういう瞬間が好きで山登りをしてきたのではないだろうか。そりやあ、縦走に も楽しい面は多いが、垂直の世界で感じる魅力には負けてしまう。沢登りにしても岩登りにして も氷登りにしても、ちょっとぞくぞくしてくる様な所を一切を忘れて唯無心に攀っていく、その 瞬間が忘れられないから、また登りたいと思うようだ。とはいっても、そういう登攀ばかりでな く、のんびり尾根を歩きたいという気持ちもあるし、やっぱり僕は山岳部の人間だなあと思う次 第ではある。

 ところで、今回の僕達の遠征は、最近の登山界の潮流からみればささやかな記録ではあるが、 現在の僕達のレベルからすれば十分な成果であったと思う。唯、やはりそれは、あくまでも一つ のステップを刻んだという事であり、最終的な目標となるものではありえない。今の状態では、 今回の遠征経験を直ちにクラブにフィードバックするというわけにはいかないが、ニュージーラ ンド遠征以来の流れを考えると、常に目標というか夢を持っている人間がいなければならないと 思うし、そこからまた新しい可能性が生まれてくるのではないだろうか。

 僕白身にすれば、ヒマラヤで自分がどこまで通用するか試してみたいという気持ちがあってそ れはそれで一応の結果は出た。これからは、どれだけやれるかわからないが、やはり自分の気持 ちに忠実な山行をしたい。それは、決してハードな面のみを目指すというのではなく、要するにあのしびれるような瞬間を再び味わうことができさえすればそれでいいのである。

 いつまでもあの瞬間を忘れたくないから。