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                   頂上を目指して


6月12日 (土) 曇時々晴
 朝、川口が高度障害によるひどい頭痛と吐き気を訴えた。とても行動できる状態ではない為、川口・佐々木パーティーは休養とする。
 曽我部とクマール氏はC2へ荷上げ。しかし、クマール氏がアイスフォール下でバテてしまい、曽我部が何を言っても動かない。しかたがないので、クマール氏はそこに荷物を置いてC1へ引き返すことになった。曽我部もC2下部雪壁の下に荷物をデポし、C1へ引き返す。
 その夜クマール氏が、頭痛と体力不足の為、登頂は断念してBCへ降りると悲しそうに曽我部に告げた。今まで登頂する気で、荷上げも積極的に手伝ってくれていただけに、慰める言葉もなかった。

6月13日 (日) 晴
 佐々木・川口でC2からのルート工作を続ける。C2からは傾斜の緩い岩稜帯が続き、それが雪稜に変って傾斜を加え、一気に頂稜とのジヤンクションまで突き上げている。ルートは殆んどこの稜線上に取る。技術的にはさほど問題はないが、岩が非常に脆く、プロテクションを取るのに苦労をする。この岩稜帯が意外に長く、今日中に雪稜まで行くつもりであったのだが、途中で時間切れ。傾斜が殆んどない為、高度が稼げず、前進した気がしない。
 クマール氏、BCへ降りる。曽我部はC1にて休養。

6月14日 (月) 晴時々曇
 川口・佐々木でルートエ作を続ける。脆い岩稜帯を抜けて雪稜帯へ出ると急に傾斜が加わる。
 ジャンクションまで意外と距離があるなあ、と思いつつダプルアックスで高度を稼ぐ。雪が堅くしまっていて、スノーバーが入らない為、雪庇との境目の割れ目にスノーバーを埋め、プロテクションを取る。
 12時半、残り少くなっていたフィックスザイルを全部使い果たして終った。ヒマラヤということで慎重になり、C2より上部を殆んどベダ張りにしてしまったので足りなくなったのである。
 幸いC1に一巻残っていたので、川口が取りに降りることにする。川口と入れかわりに曽我部がC2入り。曽我部は殆んど復調したようで、元気である。

6月15日 (火) 晴時々曇
 佐々木、休養。曽我部は高度順応の為、ルート工作の最高到達点まで往復。昼前、川口がC2到着。久し振りに3人揃って日なたぼっこなどを楽しむ。曽我部が持って上ったカセットで松田聖子などを聞いていると、高度を忘れてのんびりとした気分になる。しかし、C2に全員揃ったのは良いのだが、何せテントが狭い。3人横になると身動きもできない程である。

6月16日 (水) 晴時々曇
 3人でジャンクションまでのルート工作に向う。ジャンクションまでルートエ作をしておけば、頂稜は傾斜が落ち、さほど困難ではなさそうなので、C2からアタック可能であろう。
 雪壁をジャンクション目指して登って行くと、しだいに雪は氷となり、傾斜も60度前後と急傾斜になって来る。全ルート中最も困難な箇所であろう。佐々木がトップを切って登って行くが非常に苦しそうである。途中30cm の最も長いアイススクリューでプロテクションを取って登り続け、何とか氷壁部分を終えルート工作終了。最終地点約6,000m。頂上まで相当距離はあるが、もうアタックしかない。

6月17日 (木) 雪時々曇
 朝起きると雪が降っていた為、慎重を期して沈殿とする。登山活動に入って初めての雪である。
 BCのクマール氏が以前から、モンスーンが近づいていると言い続けていたので、まさかモンスーンに人ったのでは、と全員心配顔である。

6月18日 (金) 曇時々雪
 外はまた雪が降っている。どう見ても良い天気とは言えないが、行動できない天気ではない。
 それに、そろそろモンスーンに入りつつあるようなので、早めにアタックを済ませた方が良いと思い、午前5時50分、思い切ってテントを飛び出す。
 ジャンクションまでフィックスを使って登り、頂稜に出る。幸い雪は途中で止んだが、ガスは晴れず山頂は姿を見せない。頂稜をクレパスや懸垂氷河を避けながら、スタカットで登り続ける。
 予想以上に傾斜があり、非常に呼吸が苦しい。上部を望んでも、同じ傾斜の雪壁が続くだけで頂上は判然とせず、唯ひたすら足元をみつめて一歩一歩登りつめて行く。
 スタカット10ピッチ、午後1時35分、ついにマンダT峰登頂に成功。高度計は6,330mを指しており、地図上の6,510mには足りないが、ここが頂上であることは間違いない。山頂一帯はガスにまかれ、残念ながら周囲の景色は見えない。1時間15分程ガスの晴れるのを待つが、結局ガスは晴れず、やむなく下降開始。
 夕闇迫る中C2へ急ぎ、午後8時5分、やっとC2着。テントに入ると心地良い疲れが襲って来る。